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私の品質管理との出会いは、1982年、横河・ヒューレット・パッカード(株)(YHP)がデミング賞挑戦に向けて、QC指導会の掛図を描いていた部屋を覗いたことに始まります。「上田、いいとこへ来た、手伝え」、Kさんのこの一言が、品質管理にのめり込み、リストラからの回避につながるとは、夢にも思いませんでした。それから間もなく、デミング賞挑戦に向かって営業TQC推進室が設けられ、私にその責任が回ってきました。
デミング賞騒ぎが終わって、TQC推進室が一本化された時、そこに残されたのは、「一番できの悪い」私でした。TQC経験半年で、デミング賞企業としての対応が待っていました。社外との対応に追われている間に、社内のTQC熱は冷めていくばかりでした。
時は流れて1990年、YHPの社長がJSQC会長に就任するに当たって、理事の大役が回ってきました。当時すでにリストラ風が吹き始めていたので、「これで2年はもつ」と思ったものです。その2年が過ぎて、リストラ風が身近に迫っていることを感じ、自費でISO 9000 (QMS)審査員研修を受け、休暇を使って審査経験も積みました。その後、審査機関に3年間出向し、定年退職後も審査機関で常勤することになりました。
私をリストラから守ってくれたのは、TQCであり、JSQCであり、そこに根をもつQMSであったと言えると思います。私の品質管理推進功労賞受賞が、裏方を担う方々の励みになれば幸いです。
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