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リコーの市村 清 創業者,2代目 故 館林社長,このお二人が私を40年以上にわたる品質管理(以下QC)の道を進めた大恩人である。昭和31年にリコー(当時理研光学)に入社した私は,カメラの製造部門に新米生産技術者として配属された。
当時リコーは大ヒット「リコーフレックス」打倒を叫ぶ同業他社の猛攻を受け,息もたえだえだった。
青二才だった私は,自分の能力不足を忘れ,リコー三菱グループ(当時4社)の業務改善論文に「全社品質管理の導入」の論文を一年かけて書き上げ応募した。
学校時代に習った「QCをやらない会社は電話帳から姿を消す」といわれた。元三井科学の三浦新先生の一言に恐怖を覚えたからである。論文は首席だったが,提案は通らなかった。
翌年,再度QCの導入を提案した。論文も再び首席であった。その結果,昭和34年に市村創業者の決断により,「品質管理課」が新設された。どういう訳か,QCの仕事につかず,その後は営業,研究所,新商品開発,関連会社出向,購買の仕事に「QCの考え方」や「QC手法」を活用し,営業の質を高め,成果に結びつけた。
その後二代目館林社長から,デミング賞受審のため,現場におけるTQCの推進の仕事を命じられ,D賞受審の決戦場である,厚木営業所に転じた。
その頃,日科技連の三田TQM事業部長から「営業の品質管理セミナー」の事例発表の依頼があり,館林社長に相談すると「QCの普及,浸透に役立つなら全面的に協力するように」との許可があり,セミナー講師の末席に坐らせていただいた。
その後,故石川先生,池沢先生,狩野先生はじめ多くの先生,諸先輩のご指導をいただき,依頼30年近くQCセミナーのお手伝いをするに至った。
私自身,QC部門に所属した経験もなく,もっぱら「QCする」仕事についたが,会社生活で16部門の仕事を通じて「QCの考え方」「QC手法」が大きく役に立つことを体験した。その結果,QC関係の著作は編・共著を入れて10冊以上,論文30以上,講演・講義回数一千回以上の業績が今回の功労賞をいただく対象になったのだろうと考え感謝している。今後とも,QCの発展に微力を投じる決意でおり,倍旧のご招導をお願いする次第である。
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