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私と品質管理との出会いは,1962年に品質管理という理屈だけを持って,当時のトヨタ自動車工業(株)に入社したその年であった。
現在のランドクルーザーの屋根の剛性アップが最初の仕事であった。
それは,設計基準を大きく上回る値であったと記憶している。
定かな記憶ではないが,たしか中近東あたりに出荷する車で,屋根に多くの人が乗ることがあるためだと当時の先輩から聞かされた。品質の基準は顧客が決めることを学んだ。
当時,何年間かで一本発生するブレーキライニングの剥がれ対策のための材料開発の仕事をお手伝いした。原因は加熱工程の工程飛びであったが加熱によって色が変わる接着剤を仕入先の方々と開発し対策に成功した。後工程に送る製品の不良率は「ゼロ」であるべきことを学んだ。
この二つの学習は新入社員にとって強烈なインパクトであり,それ以降の私の品質管理活動の思想におおいなる,良い影響を及ぼすに十分であった。しばらくの期間技術部で材料開発の仕事に専念した後で,現場に出て「ものづくり」を経験する機会を得た。これが品質管理の三つ目の思想を学ぶ機会であった。
人−機械系の製造ラインでは,いかに優秀な設備を導入しても人の要因を1OO%なくすることは出来ない。とくに自動車産業においてはこの要因の寄与率は大きい。人の活力を十二分に高め,自主的な,自立的な活動を促すことはとりもなおさず品質を高めることになり,品質管理の点で好結果,即ち,後工程に「不良ゼロ」の品質の製品を送ることを可能にする事を学んだ.
また,近年ISO9000の審査活動を通じて,これら三つの思想の大切さを再認識し,置かれている状況に対して漠然とはしているもののある種の不安を感じている.価値ある品質経営のために更なる努力を継続したいと念じて止まない。
以上
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