宮川 雅巳(1996)"投稿論文のあり方と書き方・直し方"、品質、Vol.26、pp.286-294

〈特別企画〉 解説

投稿論文のあり方と書き方・直し方
宮川 雅巳


1.まえがき
2.掲載論文数の実態
3.対策の変遷
4.問題の所在と考えられる方策
5.論文の直し方
6.調査研究論文・応用研究論文の内容
7.あとがき
参考文献

1.まえがき

編集委員会の依頼で標記の内容について述べる.この稿の目的は,「品質」誌に掲載されるレフェリー付きの投稿論文の数を増すことにある.目標値は現在の2倍においている.さて,このような稿を依頼された背景は,掲載される投稿論文が少ないことである.これは,最近になって発生した問題ではない.歴代の編集委員会は,常にこの事実を認識しながら対策を施してきた.その一つが投稿区分の増設であり,過去三度にわたり行われた.審査制度も見直してきた.投稿の呼びかけは,「JSQCニューズ」に何度も掲載された.研究発表会と年次大会で口頭発表された会員に,一本釣り的に葉書で投稿を依頼したこともあった.それでもなお事態は改善されていないと言われる.もはや「万策尽きた」のであろうか.

実は,そうではない.過去に行われた対策のいくつかは,少しずつ確実に効果をあげている.逆に効果のない対策があったことも事実である.私は,これらの差異を分析するとともに,論文作成の原理・原則に立ち戻って考え直した結果,いま掲載論文数増のために最も効果的なことは「論文の書き方と直し方」を論じることと判断した.

以下,この判断に至る分析,「論文のあり方」に関する私見,および主題である「書き方・直し方」を述べる.

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2.掲載論文数の実態

1971年9月に「品質」誌は刊行された.第1巻,第1号にて初代編集委員長の木暮は,「学会機関誌「品質」の編集について」[1]の中で「このような独創性のある,価値ある学術論文に発表の場を提供することこそが本誌編集方針の第1である」と述べている.翌年の第2巻,第2号に,木暮は「報文の性格とそのあり方」[2]を論じている.

さて,この編集方針のもとに,実際にどれだけの投稿論文が掲載されたかを見てみよう.昨年(25巻)までで集計すると−−「品質」誌は年4号発行されているので計100号−−,レフェリー付き投稿論文は延べ163篇掲載されている.1号当たりの平均掲載数は1.63篇であるから,工学系の他学会はもとより,日本学術会議経営工学連絡委員会に参加している他学会と比べて少ない.

層別をする.第1巻から第20巻までを第1群,第21巻から第25巻までを第2群とする(この理由は後述).第1群の平均は,120篇/80号=1.5,第2群の平均は,43篇/20号=2.15となる.号当たりの掲載論文数にポアソン分布を仮定し,「母欠点数の差の検定」として知られる検定を行うと,標準正規統計量はu0=2.04となり,5%有意となる.この有意差をもたらしたものは,何であったのだろう.

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3.対策の変遷

3.1 投稿区分増設

論文数増の対策の第一段は,第4巻,第4号で,それまでの「報文」に加えて「技術ノート」という投稿区分が発足したことである.このねらいが「気軽に投稿を」にあったことは,その募集記事[3]より伺える.残念ながら,この効果は小さかったと思う.その後の5年間で掲載された技術ノートは5篇−−号平均で0.25−−である.私は,この理由として次のことを推論する.実は,この段階では記事[3]にあるように,「報文」のレフェリーが2名であるのに対して,「技術ノート」のレフェリーは1名とされた.木暮[2]にも明記されているが,レフェリー付き論文を掲載する理由の一つは,大学院における博士の学位取得にそれが要求されるからである.このとき,レフェリー数が1名ということで,大学によっては0.5ポイント−−0ポイントという話も聞いた−−の評価を受けたのである.そのため,私自身,学位取得前には「技術ノート」への投稿は考えなかった.

それから10年後の第14巻,第3号に掲載された「投稿要項改訂のお知らせ」[4]では,ワープロ原稿が認められるとともに,「ケースメソッド資料」「資料」「QCサロン」の投稿区分が新設される.ただし,これらはいずれもレフェリー付きでないので,ここでの議論には含めないことにする.

さらに,5年後の第19巻第1号に「投稿要項等改訂のお知らせ」[5]が掲載された.ここで,「調査研究論文」がレフェリー付き論文として新設されるとともに,「技術ノート」と併せて,レフェリーが2名であることが明記された.私は,これが単なる投稿区分の新設でなく,「品質」誌が掲載すべき論文とはどのようなものか,に対する概念形成の具現化であったと考える.この記事を見て研究を始め,投稿した論文が掲載されるのは1年半後から2年後,とすれば,変化点は第20〜21巻にある.2章の群分けはこれによった.そして前述の有意差を得た.第2群の43篇中,「報文」以外の論文が27篇であることから,効果は歴然である.

この対策の精神が,その後発展し,第23巻,第1号での大幅な改訂[6]−−投稿原稿表紙の改訂とともに,「応用研究論文」「投稿論説」がレフェリー付き(2名と明記)投稿論文として新設された−−へとつながったと,理解している.

3.2 論文審査制度の見直し

2名のレフェリーの判定から論文の採否を決めるルールは,1984年あたりまで,木暮[2]にある二元表ルールに基づいて行われた.二元表ルールとは,要するに「2名ともOKならばよし」というAND論理−−これはほとんどすべての学術雑誌が採用している−−である.レフェリーの判定は,語句の変更はあるものの

1) このまま掲載してよい
2) 審査員の意見どおり改めれば,そのまま掲載してよい
3) 著者が直した後,もう一度見る必要がある
4) 上に示したような欠点があるが,却下すべきかどうか明確に判断できない
5) 「品質」誌の他の欄あるいは他雑誌にまわしたほうがよい
6) 却下したほうがよい
の6段階で一貫してきた(ごく最近,4)と5)は削除された).一方,論文に下される判定は基本的に
@ 掲載可
A 審査員の意見どおり改めれば掲載可
B 著者が直したあと,さらに審査を行う必要がある
C 掲載不可
の4段階で,最近は「掲載不可」で投稿区分変更を薦める場合もある.以下,1)から6)および@からCの記号は,この意味で用いる.これらは,いずれも学会の内規である.しかし,レフェリー,編集委員,あるいは理事を経験しないと−−特に初めて論文を投稿しようとする会員は−−これらを知らない.論文の審査がこのような基準で行われているのを知っていることは,論文を出すうえでも,特に直すうえで,絶対有用であると思う.よって全文を載せた.

さて,複数のレフェリーが複数回にわたり,この6段階で判定するため,その結果は実に多様になる.そこで,1985年頃から,審査手続きをフローチャートにすることが試みられ,現在では相当精緻なものになっている(これも内規である).

このような審査手続きの整備は,もともと審査の迅速化をねらって行われたもので,その目的は十分達したと思う.当時の問題は,著者が何度改訂しても,レフェリーの判定が3)になってしまう「恐怖の無限ループ」にあった.フローチャートの完成によって,このような事態は回避されたのである.論文への最終判定−−それは掲載か却下である−−までの期間は,間違いなく短縮された.しかし,それが却下への近道になることもあった.

レフェリーと著者の橋渡しをする意味で,編集委員の一名が「幹事」を担当する試みは,1989年頃からインフォーマルに始まり,現在ではルール化している.レフェリーの意図を第三者的に客観的に伝える,ときにはレフェリーコメントの誤りを指摘するといったねらいはよかった,と今でも思う.また,編集委員会の開催を待たず,著者の改訂原稿とレフェリーコメントを処理する機能は有効である.これも審査期間短縮には貢献した.ところが,幹事が自身のコメントを言い出すと,レフェリーが実質3名になる.論文判定はANDの論理であるから,人数が増せば厳しさも増す.これも却下への近道になりかねない.

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4.問題の所在と考えられる方策

掲載論文数を増す最も直接的方法は,審査を甘くすることである.いつも1)か2)の判定を下す人にレフェリーを依頼する.審査意見は出していただくものの,適切に改訂されなくても「審査は一度」の方針で掲載する.これによって採択率が上がる.採択されやすければ,それがフィードバックされ,投稿は増える.年間30篇の掲載などあっと言う間であろう.

しかし,これは絶対にやってはいけない方法である.論文誌には明示的にも暗示的にも格付けというものがある.これについて,木暮[1]は「学会の学問的水準がその機関誌に発表された研究報告の水準によって評価されることは,古今東西を問わず,真理を探求するものにとっての一大鉄則である」と述べている.私は,「品質」誌の投稿論文にかかわった人−−投稿経験のある人,レフェリー経験のある人,あるいは編集委員として審査過程を見てきた人−−で,本誌の審査はいいかげんだと評している人は少ないはず,と勝手に推察している.他の学問分野や他学会での評価はどうか,を示す資料も持ち合わせていないけれども,本誌の厳格さは,ある程度,伝聞されているのではないかと期待している.論文誌の格は一度落ちたら最後で,復活はない.それゆえ,3章に述べた対策の歴史でも,この安易な道をとらずにきたのだ.

では,掲載される論文の水準を保ちながら掲載数を増やすには,どうすればよいだろう.私は3章の分析から,次の2つの方策を提案する.

方策1  最近,新設された投稿区分について,どのような内容の論文を期待しているかを,なるべく具体的に示す
方策2  論文の直しかたについて,可能な限りのノウハウを提供する

方策1は,3.1節の分析に基づいている.第19巻での改訂[5]に「すなわち,統計理論をベースにした方法論に関する論文に加え,実験・実施・調査に基づく実証的な仮説提示型の論文の投稿をしやすくすることです」とあるように,「品質」誌は,受け入れる論文内容の範囲を拡げることを明言した.これに関する会員の理解を一層深めることが,投稿数増に直接的に反映する,と期待する.

方策2は,3.2節の分析に基づいている.レフェリー付き論文の要件を一言で言えば「新しく有効な内容を含んでいる」ことである.このとき,内容そのものについて,第三者が立ち入ることはできない.しかし,内容が正しく伝えられるように支援することは可能であり,そもそもレフェリーの重要な役割の一つはそこにある.さらには,レフェリーとのやりとりへの支援が有効で,幹事制度はそれを意図している.このような状況で,最大のネック技術は,実は著者側の改訂作業にあった,と私は判断する.

これらの方策により期待される効果を見積もる.余り正確な数値をあげると差し障りがあるので,極めて粗く述べると,投稿論文への第一回目の判定の割合は

@ 無視できるほど小さい
A 1割(これは例外なく@へいく)
B 7割
C 2割
といったところである.7割を占めるBのうち,最終的に,4割が@へ,3割がCへ収束する.結果的に採択率は5割である.方策2が対象にするのは,Cへ流れていくBであり,この中には「期限切れ」や「取り下げ」というギブアップが多く含まれている.これがすべて@へ進路変更してくれれば,採択率は現在の1.6倍になる.仮に1.5倍が達成できれば,方策1と採択率アップのフィードバック効果により,投稿数が3割アップすることで,掲載数は冒頭に述べたように現在の2倍になる.これが目標値設定の根拠である.

なお,初めからCの2割は,残念ながら方策2の対象外とする.とは言うものの,以下の内容は再投稿という手段においては役立つかもしれない.

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5.論文の直し方

方策2から論じる.ここで述べる「直し方」には,本来「書き方」に関することを再確認したものが多く含まれ,すべての投稿区分を対象にした一般論であるからだ.

5.1 レフェリー制度の意義を認識しよう

考えてみると,レフェリーとは,実に有り難い存在である.レフェリー付きでない解説論文や著書原稿を,内容を理解できる知人へ事前に送付しコメントを求めても,たいてい返事はない.しばらくして電話をすると,「たいへんおもしろく勉強になりました」などと言われるのがオチである.このような人がいったんレフェリーになると,論文のすみずみまで読んで,詳細なコメントをくれる.

きちんとした査読を受けないと,誤った内容が掲載される,という恐ろしい事態を招く.恥を承知で,私自身の経験を述べる.

宮川・吉田[7]は,L18直交配列表で「2つの列に割り付けた2因子の交互作用が他の列にどのように交絡するか」のパターンを明らかにし,各パターンでの交絡の大きさを定量的に評価した.パターンの一つに「部分交絡」がある.私は,初稿において「この部分交絡での交絡の大きさは1/4である」と記述した.その証拠に,一年前の学会発表要旨[8]には同様の記述がある.しかし,これは誤りであった.3水準系の自由度4の交互作用は,それぞれ自由度2のab系とa2b系の直交する成分に分解される.このとき,部分交絡は,ab系とa2b系のどちらか一方のみと交絡するパターンであるので,「交絡の大きさは,0〜1/4である」とするのが正しい.この誤りをレフェリーから指摘された.実際,改訂から掲載までの間に,ある企業会員から「この数値例で計算すると,交絡の大きさは1/4にならないのですが……」という質問を受けた.事は重大であった.名前を知らないレフェリーに,今でも感謝している.

4章に述べたように,最終的に「掲載可」と判定される論文でも,一回目の判定はBが普通である.私は,レフェリー制度の意義からして,B→A→@と推移するのが理想パターンと思う.最初から@では逆に不安である.投稿経験のない方は,まず,この点を認識してほしい.そして「人の文章にケチをつけるとは何事だ.責任は自分がとる」などと思わないでほしい.

5.2 作文の技術を確認しよう

論文改訂は,書き方を再考する絶好のチャンスである.初稿の段階で,内容が過不足なく選択され,正確な表現が用いられていることはもちろん理想である.そのために,予め他人に読んでもらう,一ヵ月ほど原稿を寝かせておいて改めて自分で読み返す,ということを薦める書もある.しかし,前者は前述のとおり,本質的コメントを期待できないし,後者ができるほど,少なくとも私には余裕はない.

世の中に,文章の書き方,論文の書き方を説いた書物は驚くほど多い.私は,木下[9]と杉原[10]を座右の書として愛用し,学生にも薦めている.

これらの教えの中で,私がいつも肝に銘じているのは

(a) 文はなるべく短くする(一文一意の原則)
(b) 語と語,節と節,文と文の「つなぎ」を大切に
(c) まぎれのない文にする
(d) 事実と意見を峻別する
である.

(a)について補足しよう.英語では長い修飾句や修飾節は,関係代名詞や分詞を使うことで,修飾される語の後に位置できる.そのため,比較的長い文でも理解しやすい.一方,日本語では,修飾句や修飾節を前置するので,二つ以上の長い前置修飾節があると,理解しにくくなる.そのようなときは,文をいくつかに分けるのがよいとされている.投稿論文では,和文要旨と英文要旨を添えるが,和文が英文の(受験勉強でやった英文和訳のような)直訳である必要は全くない.ちなみに,後置修飾の役割を果たすのがダッシュ(−−)で,私は,本稿でこれをたびたび用いている.

次に,(b)と(c)について述べる.話の筋,論旨を明確にするには,「つなぎ」が重要である.英語の接続詞は,語と語,句と句,節と節を結ぶもので,文と文を結ぶものでない.そこで,接続詞のみに「つなぎ」を任せると文がやたらに長くなる.杉原[10]は,英文において文と文をつなぐ決め手が副詞・副詞句にあることを主張している.

一方,日本語の接続詞は,語と語とともに文と文をつなぐ.文の中でのつなぎに使われるのは接続詞と接続助詞である.ここで,問題は接続助詞の使用にある.英語の接続詞は独立した単語であるので認識しやすい.これに対して,日本語の接続助詞は付属語であるため,余り目立たず,さらにはほとんど例外なく複数の意味をもつ.「……が,……」の意味が多様なことは多くの書が指摘している.よって,論理展開の主要部分では,接続助詞によるつなぎを避け,文を分け,それらを接続詞でつなぐことで,前後関係を明確にするのがよい.

助動詞の使用にも問題がある.私は中学生のとき

「国語」で
「先生はその質問に答えられた.」
での「られた」は,受け身,自発,可能,尊敬のどれかという類の問題に回答した記憶がある.そもそも,これが問題たりえるのはまぎらわしいからである.私は,このような問題の意義を否定するつもりはない.しかし,いまの中学生に次のように助言したい.君が「可能」の意を伝えたいならば,上の表現をやめ
「先生はその質問に答えることができた.」
と表現すべきだと.こうすればまぎれがないのだと.

この節の最後として,(d)について述べる.数学の論文には事実の記述のみで意見などない.統計理論の論文もそれに近い.たとえば,母相関行列が特定の形のときの標本相関行列の最大固有値の分布を求めた論文があるとする.このような論文では,「なぜ,この分布を求める必要があるか,どんなところで役立つか」という研究の動機付け・必要性のくだりで意見を述べるけれども,結論部分に意見はない.これに対して,「調査研究論文」「応用研究論文」は単なる事実の記述だけでは不十分であり,それに基づく著者の意見こそが論文の結論となる.それゆえ,事実と意見の峻別は重要である.実際のところ,レフェリーコメントも,この峻別の不備に集中しているのである.

木下[9]は,意見の記述の基本形が

「私は,……と考える(想定する,推論する,思う,感じる,……)」
であると述べている.「……と思われる」「……と考えられる」という表現は上述の助動詞の問題もあり,責任回避の態度である.投稿論文ではなるべくレル,ラレルを避けることだ.

次に,論文の構成について述べる.論文の構成は,序論・本論・結論である.新しく有効な内容を詳細に述べるのは本論であるけれども,レフェリーの査読意欲−−掲載後は読者の読む気−−を駆り立てる重要な部分は序論である.1993年の改訂[6]に際して,投稿原稿表紙が改められた.表紙(2)には論文執筆チェックリストがあり,序論部分については

の4項目がある.執筆後に形式的にチェックするのでなく,執筆前にチェックしよう.この4項目はまさに起・承・転・結であり,それ自体一つのまとまった話になっている.長々とした問題の一般的説明や直接関係しない従来研究の羅列では読む気を失う.問題設定と従来研究を受けた形で,「いま,何で困っているか」と「ここでの新しい貢献は何か」の「転・結」部分が重要である.これらの内容のすべてを200語以内の英文要旨に記述することは不可能である.決め手は序論である.

5.3 改訂の技術は何か

論文の書き方を説いた書は多い.しかし,その中で論文改訂の仕方について述べているものを,私は知らない.改訂の仕方などは,公に論じてはいけないものなのか,と不安になる.けれども,4章でこれがネック技術と判断したからには,勇気をもって,この問題に取り組むことにした.

まず,「論文は完成後一ヵ月寝かせる」は理想であるけれども難しい.これに対して,学会からBの判定で戻ってきたレフェリーコメントを寝かせるのは,簡単で,かつ必要だ.ただし,期間は3日から1週間である.この間,通勤電車の中でレフェリーコメントを反芻する.コメントの中には頭にくるモノもある.直ぐに筆をとってはいけない.冷却期間が必要なのだ.もっとも,これはBの場合の話で,Aの場合は何をおいてもすぐに取りかかろう.

同僚,先輩にレフェリーコメントを見てもらう.自分ではレフェリーの一方的誤解と憤慨していても,他人からすると「レフェリーの言うとおりだね」と映ることがある.共著者がいるときは,それぞれが独立に改定案を考え,討論するのが効果的だ.共著者同士でキズをなめ合ってはいけない.これらはいずれも著者の「思いこみ」を防ぐ策である.

ところで,「品質」投稿論文審査報告には,いくつかのチェック項目がある.形式に関する項目に

2. 書き方に冗長な点はありませんか.
3. 書き方が簡略すぎて理解しにくい点はありませんか.
がある.Bの判定のとき,いずれの項目も「ある」とチェックされることが多い.これは矛盾ではない.私の経験では多くの場合,「冗長」の判定は既存の研究の説明部分についてなされ,「簡略」の判定は新規な部分についてなされているのである.改訂に際しては,この方向で検討してみよう.

さて,木暮[2]は,〔別項〕として「研究論文のまとめ方」を著している.その5.1節にレフェリーコメントの例があげられている.本章の主旨に適っているので引用させていただく.

「(1)  p.○,第○行の文章は……の意味にも,……の意味にもとれ,どちらかわかりません.
(2)  考察の第○パラグラフは,実験結果の第○パラグラフとほとんど重複しているように思いますが,独立なことでしょうか.文章を明確にし,重複をさけて下さい.
(3)  p.○,第○行以下の文章は,……の意味にもとれます.もしそうだとすると,結言と矛盾するのではないでしょうか.ささいなことかもしれませんが,筋を通して下さい.」
これに次の文章が続く.
「このような意見をつけられる著者は投稿者にかなり多い.そのような著者が,上記のようなわずか1ページたらずの意見を読んで,自分自身で論文を満足なものに書き換えられるだろうか.
多くの場合,意見を受け取った著者は,例示されたところだけを多少書き直して再提出する.その位のことで論文の筋が通るはずはない.そこでもし査読者の立場を厳格に主張すれば,第2回目も,例示する場所が変わるだけで同じような意見がつく.3回目も4回目も同じことがくり返される.このような場合は,部分的に改訂すればすむものでなく,論旨の展開に問題があるのであるから著者が適当な指導者を求め,その人の助力を得て論文を満足なものにしなければならない.」
これから重要な教えを読みとることができる.それは
氷山の一角則:レフェリーの指摘個所は一つの例である
という教えだ.さらに上の文では,これに対する策を「適当な指導者を求める」ことに委ねている.しかし,これは誰にでもできることではない.論文を投稿するのは大学院生,助手だけでない.また,指導者の教えなしには論文が書けないのならば,研究の場は徒弟制の世界に埋没してしまう.

もっと前向きに考えよう.氷山の一角則を前もって認識していれば事態はずいぶん改善される.まず,具体的なレフェリーコメントを一般的表現に変える.そして,これを原稿のすべての文にあてはめる.これより次から次へと欠点が見えてくる.

さて,欠点を洩れなく列挙すれば,次は改訂である.上に引用したコメント(1)から(3)について考えてみよう.

(1)は,「まぎれのない文」に反している指摘である.これは,5.2節に論じた既存の文章作法を適用すれば,確実に直すことができる.
(2)については,その内容が事実であれば実験結果のパラグラフに,意見−−実験結果に基づき正しい論理で導かれたもの−−であれば考察のパラグラフに,それぞれ述べることで重複は消え去り解決できる.このパターンは,事実と意見を峻別していないことによって起きている,と私は考える.
(3)については,結論と矛盾することであれば削除すべきで,矛盾する意味にとられたのであれば,これまた「まぎれのない文」にすることで解決する.

これら(1)から(3)の他に,よくお目にかかるコメントとその対策をあげてみよう.

「(4) ○章の数値実験では,……の場合のみを調べていますが,本論文の目的からして,……の場合での性質を評価することがより重要ではないでしょうか.
(4') なお,表○の実験値は,パラメータ○○に対して単調でありません.これは実験誤差でしょうか.それとも,もともと単調にならないのでしょうか.」
(4)のような,数値実験に対する条件追加の要求は多い.数値実験を再実行できるように予め備えることが肝要だ.実験を担当した共同研究者が学部生,大学院生で,その後所属が変わった場合などは引継ぎをきちんとしておく.(4')に対しては,実験結果をきちんと統計解析することで応えよう.

「調査研究論文」で,質問紙調査の仕方そのものに本質的不備がある場合,レフェリーは判定を6)にすべきだ.これに対して,解析に不備がある場合,判定は3)が普通だ.投稿者はデータとともに解析プログラムを保管し,再解析に備えよう.また,質問紙調査での抽出法や回答数には,とかくケチがつきやすい.調査目的を規定し,観察結果から導かれる結論の適用範囲をきちんと述べることが原則だと思う.過去の掲載論文を参考にするとよい.

「(5) 本論文で提案した推定アルゴリズムの更新式○で,i=j=k−1のとき,分母が0になってしまいます.」
これは,i=j=k−1のときの更新が定義できるのであれば,場合分けをきちんとして表現し直せばよい.このとき,氷山の一角則に照らし,他にもアルゴリズムが破綻する場合がないかをチェックしよう.
「(6) ○章の適用例で用いている実験データは,一つの因子がブロック因子であるため,○章に述べられている前提を満たしていないと思います.」
私は,適用例に用いるデータの選択にいつも頭を悩ませる.適切なリアルデータが望ましい−−研究の動機付けになったものならば理想−−と思う.リアルデータには,たとえば欠測値があるなど他に問題があったり,また,公開できないこともある.そこで,既存の文献から引用する.しかし,自分の提案した新しい方法にピッタリのデータを文献から探すのは,「刊行の偏り」もあり,難しいことが多い.そうかと言って,都合のよいデータを人工的に作るのは,応用統計家の魂が許さない.私は過去に,(6)のようなコメントに対して,「このデータは……の点で本方法の前提に合わない」「このデータに対する適切なアプローチとして,……があると考える」ことを述べたうえで,「解析手順を例示する目的で使う」という立場を示すことで対応した.
「 (7) p.○,○式左辺のy●は,時刻tにもよるので,y●と表記すべきです.」
添字の問題には特に神経を使いたい.レフェリーが「−−とすべき」と指摘してくれるのは,極めてラッキーなケースである.表記ミスと思わないことがある.添字が一つ抜けたために,全く別なモデルと解釈され,「○章以降の内容は全面的に改める必要あり」とコメントされることは決して珍しくない.

5.4 レフェリーへの回答文

論文改訂作業の中でも奥義と思うものを,節を別に起こして述べる.それは,レフェリーへの回答文(手紙)だ.私は,この存在と書き方を,大学院時代に指導教官,先輩からまさに口伝として習った.現在,「品質」誌では,1993年の改訂[6]に際して,著者への判定通知文において,判定がBのとき注として

「2.改訂原稿の提出の際,訂正または削除・追加等の要求に対する回答文,ならびに改訂個所をまとめたものをご添付下さい.」
の一文が加えられた.これは,たいへんよいことだと思う.

その必要性が明記された現在,課題は具体的にどう書くべきかである.まず,最悪な例をあげよう.それは

「拝啓 時下,益々ご清栄の段,お慶び申し上げます.この度は拙著に対して,ご丁寧なご審査をたまわり……」
と丁重な書き出しで始まるけれども,肝心の改訂要求への対応になると
「コメント1につきましては,ご指摘どおり改めました.コメント2につきましても,ご指摘どおり修正しました.……」
と具体的な事項が記されていないものである.それでいて本文を見ると直っていない.私がレフェリーならば,2回目の判定は,これでぐっと6)に近づく.

私は,レフェリーへの回答文にA3の用紙を使用している.左半分にレフェリーからのコメントを,右半分に改訂内容を,両者の対応が明らかになるレイアウトで記述する.改訂内容は,頁と行を示したうえで,改訂前の文章と改定後のそれを論文から引用する.実は,私はレフェリーの立場で,このスタイルの回答文に出会い,たいへん明解だったので,その後,採用させてもらっている.

改訂論文の評価は,それ自身についてなされるもので,改訂前の原稿は審査対象外であるという意見がある.私はそうは思わない.改訂という作業の質は,改訂前と後の比較において評価されるものと考える.レフェリーは原稿を学会に返却するのが原則で,返却しない場合,責任をもって保管または処理することが義務づけられている.私の場合,書類の整理が悪いので,ほとんどの場合,返却する.コピーはとらない(とってはいけないのである).私と同じ考えのレフェリーは改訂前の原稿を持たない.よって「改訂前はどうであったか」を確認するのがよいと思っている.

本文中に改訂個所をラインマーカーで塗る方もおられる.ワープロ原稿が普及する以前,原稿用紙に執筆していた頃,初稿の用紙に「赤を入れる」という感じで,直接改訂してきた方もいた.「何と不謹慎な」と思われるかもしれない.しかし,これが実にわかりやすいのである.私は「改訂の可視化」の重要性を認識した.

前節で,氷山の一角則を指摘した.一つの文に対する具体的なコメントであっても,適用される個所が他にもあり,そこでも改訂していれば,そのことを回答文で述べておこう.要するに,回答文の鍵は「誠意ある改訂の証拠」を示すこと,と思う.

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6.調査研究論文・応用研究論文の内容

方策1について述べる.まず,1989年の改訂[5]で新設された「調査研究論文」には,既にかなりの実績がある.投稿要項にある「調査研究論文」の定義は

「品質または品質管理に関して,実験・実施・調査等実証的方法により得られた,価値ある新しい事実・知見等を含む研究論文」
である.

「数学」以外のあらゆる科学は,現象を観察することに立脚している.欧米の研究機関では,mathematicsはscienceと別の組織にあることが多い.品質管理は数学でないのだから,上の定義は品質管理本来の研究方法そのものに思える.それにもかかわらず,このような定義をしたのは,「品質」誌の報文の多くが統計理論−−研究方法が数学に近い−−を題材にしていたため,研究方法の違いを陽に示す必要があったからと推察する.この問題は,「審査のあり方」にも関連している.調査研究での主張,結論の正当性は,数学の定理に対する真偽の判定とは異なる形でなされねばならない.新設当初,レフェリーにも編集側にも,このあたりの線引きが必ずしも十分でなかった.設置後5年経過し,過去の審査過程から統計理論の論文と異なる審査基準が定まってきたように思う.

「調査」というと,消費者や企業を対象にした質問紙調査や文献調査がすぐに思い浮かぶ.一方で,「品質管理活動」という現象を観察するには,どういう方法をとればよいのだろうか.「実験研究」で最も独創性が要求されるのは実験の方法であり,「調査研究」も同様だと思う.品質または品質管理という実在を,より深く理解するための,新たな調査方法を創出し実現しようではないか.

「調査研究論文」の書き方は,自然科学の論文と基本的に同じで,本論は調査の方法・結果・論議の3つの章で構成されるのが標準的姿である.作文法は事実と意見の峻別に尽きると思う.これらについては,木下[9]が参考になる.

次に,「応用研究論文」について述べる.1993年の改訂[6]で与えられた投稿要項にある「応用研究論文」の定義は,やや長く

「品質または品質管理に関する手法,考え方の適用事例について,その適用プロセスならびに結果を深く分析することによって得られた,価値ある新たな事実・知見等を含む研究論文.この場合の適用事例としては,一事業所,一工程等に対するものでもよい.」
である.第26巻,第1号までで4篇の実績があり,これらが当該区分の規範になることは明らかである.

以下では,それとは別に,「応用研究」という用語に対する私の考えをもとに,「応用研究論文」が満たすべき要件についての私見を述べる.

もともと工学には

"Originality lies in the application."
の精神がある.既存の理論や方法を現実に応用するならば,そこには必ず新たな困難が発生し,その克服には新規性があるという立場である.私は,この精神を「応用研究論文」審査の価値観として採用したい.では「品質管理の大会などで発表されている改善事例がすべて論文になるか」といえば,そうではない.テキストに記述されているような標準的な使い方では,さすがにダメである.応用の過程の中に何らかの新規性がなければいけない.一方,応用の結果,ある専門領域で新しい事実が判明したとき,それは,その領域での成果−−その分野の学術誌に原著論文として投稿されるもの−−であり,応用研究と呼ぶべきものではないのである.具体的に,「応用研究論文」の2つのパターンを論じよう.

まず,理論あるいは方法は既に提案されているものの,現実への適用が過去に皆無であった場合である.このとき,適用という点でまぎれもなく新規性がある.「いくら過去になかったからといって,単に適用しただけでよいのか」という意見もあろう.しかし,方法論の発展には現実への適用を通して,新たな問題点が露呈されることが必要で,そのための貢献は評価されるべきである.新しいモノ好きを奨励するわけではないけれども,何十年前の方法にしがみつくという風潮を是正する必要もある.

次に,既存の方法論の前提が必ずしも成り立たない場合に,何らかの工夫を施して適用可能にしたものだ.実は,方法論主体の学問分野では,このような研究が「報文」として多数投稿されてくる.過去のモデルを少しだけ変えて,ほぼ同様な理論展開をする,しかもその問題は実在しないといった類の論文である.そして,この類に対する採択基準が,この分野の論文誌の格を決めているといっても過言でない.このとき,そのような状況が,机上の思いつきでなく,現実に存在していて,そこに応用したという事実があれば,これぞ応用研究の王道であり,その報告を「応用研究論文」として積極的に受け入れるべきだというのが私の主張である.

このように書いてくると,既存の方法というものが,統計的手法や数理的手法に限定されているように感じられるかもしれない.決してそうではない.過去の4篇を是非見てほしい.

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7.あとがき

浅学非才の身で「投稿論文のあり方と書き方・直し方」を論じるのは,きつい作業であった.特に「直し方」は,まさに「手の内を明かす」もので,今後の投稿を考えると不安である.しかし,投稿論文のあり方について,開かれた形で討論することは学会の学問的水準を保ち,かつ高めるうえで有用と思う.本稿がそのような議論のきっかけになれば幸いである.

5章の執筆に際して,20余年ぶりに受験参考書を購入した.英文法書と国文法書である.予想していたとおり,国文法書は中学生向けのものしか書店になかった.しかし,その内容は,少なくとも私には,きわめて有用かつ高度であった.世の大学生は,これらをきちんと習得しているのだろうか.

私が論文作法なるものに深く興味をもつようになったきっかけは,1994年,東京大学工学部計数工学科に赴任してまもなく,同学科の杉原厚吉教授から先生の著書[10]をいただいたことにある.それ以来,論文作成の苦痛はだいぶ和らいだ.この場を借りて謝意を表したい.また,このような好き勝手な小論発表の機会を与えていただいた圓川隆夫編集委員長に感謝いたします.

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参考文献
[1] 木暮正夫(1971):"学会機関誌「品質」の編集について",「品質」,1,[1],28.
[2] 木暮正夫(1972):"報文の性格とそのあり方",「品質」,2,[2],41-52.
[3] 編集委員会(1974):"「技術ノート−−コロンブスの卵−−」とその募集",「品質」,4,[4],131.
[4] 編集委員会(1984):"投稿要項・執筆要項改訂のお知らせ",「品質」,14,[3],281.
[5] 編集委員会(1989):"「品質」誌投稿要項改訂のお知らせ",「品質」,19,[1],69.
[6] 編集委員会(1993):"投稿区分の改訂と品質技術賞の制定",「品質」,23,[1],69-72.
[7] 宮川雅巳・吉田勝実(1992):"L18直交配列表における交互作用の出現パターンと割りつけの指針",「品質」,22,[2],124-130.
[8] 宮川雅巳・吉田勝実(1991):"L18直交配列表における交互作用の出現パターンと割り付けの指針",「JSQC第39回研究発表会要旨集」,99-102.
[9] 木下是雄(1981):『理科系の作文技術』,中公新書.
[10] 杉原厚吉(1994):『理科系のための英文作法』,中公新書.

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